父の寓話

わたしの父は精肉店を営んでいた。職業分類的には自営業である。
父が起業したとき、精肉店は十数年もの修行を経て開業できるだけのスキルが身につく技術職だった。
牧場で牛を見分け、買い付け、そして部位ごとに適切に包丁を入れた。
ところが、父の起業とほぼ同じくして、精肉業の機械化が始まった。
肉はすでにメーカーから部位ごとに適切な状態で出荷されてくる。修行の必要な薄切りは、スライサーで大量に作り出せた。
はじめは純粋に機械よりも技術力は上だったので、競合他店に対して、そこがアドバンテージであった。
しかし、大型店が進出してきて、大量に安い商品を供給し始めると、機械の技術が追いついてきたのもあって、客足が途絶えてしまった。
もちろん、父は精肉屋としての技術を磨き続けていたし、おそらく地域では最高の技術を持っていたが、最後の数年は生活費と回転資金を捻出するので精一杯であった。
そして父は会社勤めであれば定年となる年のだいぶ前に廃業した。
(寓話的には余談であるが、ぎりぎりであったため、年金の金額も大変低い)
何らかの起業をしたときに、その起業が個人の技術に依存している状態は危険であると思う。本人は継続してその技術を磨いていたとしても、世の中のながれによっては、その技術体系自体が不要になることが多々ある。
そして個人事業者は会社組織と違ってなかなか業態変更は難しい。