※気分は孤独のグルメの主人公「井之頭五郎」で
今の部署に配転になってから、ずっと遠ざかっていた大型プロジェクト。その最後の立ち会いのため、ボクは学生の時、よく出入りした街に出張にきていた。
最後は、撤去の立ち会いが、午前と午後に一回ずつ。
その最後の立ち会いの、微妙に開いた間を埋めるため、ボクは商店街を散策することにした。
「駅前なんて面影もないな……」
「あの店もなくなったのか……」
「もうあれから20年」
「そりゃ、街も変わるよな……」
学生時代に、この商店街の大手ファーストフードショップで働いていた。
休憩時間に食事をとった、行きつけの中華料理屋は、見慣れないビルに改装され、しかも、そのビルすらも閉店して入居待ちだ。
「地方都市は、もうどこも大変なんだな……」
商店街の至る所が「入居者募集中」の表示だらけだ。
パチンコ屋ですらシャッターが閉まっている。
「……ここも、もう抜け殻か……」
「ココを逃げ出したものには、感傷さえも許されないのかもな……」
そういう思いが、いっそう時の流れを感じさせつつ、自然と角を曲がったその時、その店は待っていた。
「ボルカノ! 変わってない! あのときのままだ!」
その店構えは、そこだけ時間が止まったように変わらなかった。月に数回通っていただけの店、でもはっきりあの味を今も覚えている。スパゲティーと、そして……。
「まて……あのときのままなんてことはないさ。メニューは今時に合わせて変わってしまっているはずだ……」
自然と商品ケースに目を向ける。そこにはあのときのメニューが毅然と配置されている。あのメニューはまだあるのだ。
「いや」
「……」
「だがしかし、あのときのあの味がボクを待っているのだとしたら、この先、あの味に出会える機会はないのかもしれない……」
「どうする……、入るのか?」
「店の方が味を守ってたとしても、ボクの舌は十分変わってしまっているはずだぞ」
「あのときと同じような味を感じられるのか?」
「……」
「………………、よしっ」
意を決して、地下への階段を下がっていく。目の前の内装は、あのときのままだ。お昼前とはいえ、閑散として客がほとんどいないのまで全く同じだ。
「いらっしゃいませ」
カウンターでお互いに話をしていたおばさんの一人が振り向いて案内してくれた。
あのときのお姉さんと、同じ人物だろうか。もうそこまではわからない。
「こちらがメニューです」
「……」
たしかに、あのメニューは存在している。
「ステーキセットAを」
**** **** ****
程なくして、焼けた肉の香りとともにそれはやってきた。
・薄い、塩こしょうとガーリックの味が強くて、肉の噛み心地以外は肉が感じられないステーキ。上にバターがのせてある。
・パスタでは決してない、太丸麺の芯のないスパゲティー
・店の名前の由来であるボルカノソース、らしきもの
・丸く盛ったライス
・キャベツの漬け物的な口直しの品
・独特のドレッシングがかかったサラダ
早速、ステーキを少し切り取り、口に運んでみた。
「……あのときの味だ……」
「この、アルデンテなんて無縁のスパゲティー、ここの店はこれでなくては!」
「ああ、このソースにだんだん肉汁が混じっていって味が変わっていくのまで同じだ」
「サラダのドレッシングまで覚えているままだ!」
「付け合わせ、今考えると漬け物なんだろうけど、これもいける」
もうそのあとは、無心に肉を切り、麺にソースを絡め、ライスとサラダと付け合わせをひたすら食った。
「……ふぅー。さすがにこの年だとこの量は満腹だな……」
「おっと、もう時間だ」
ボクは伝票をつかむと、カウンターの傍らのレジに向かった。
「ありがとうございます。1650円になります」
「……実は、ボクはこの店20年ぶりなんですよ……」
「はあ……こちらが割引券です」
「こんなとこまで変わってないんですね!」
「はあ……、あ、ありがとうございました」
「ごちそうさま!」
「ありがとうございます」
会計のおばさんは、驚くでもなく、気のない相づちを打っただけだった。
でも、厨房から、姿は見たことない、けれども懐かしいあのおじさんの声がした。
確かにあの店はまだあったんだな。
「こう言うのは、理屈じゃないんだ。思い出だけに存在するものでもないんだ」
ボクは、おそらくもう一度は訪れないと思われる、その店の思い出を、もう一度だけ心に刻んで、午後の仕事に戻っていった。