歴史は繰り返す

部屋の片付けをしていて、東海道新幹線のグリーン車から持ち帰った月刊WEDGEの9月号を何気なく読んでいたのだが、そこにこんな記述を見つけた。

54年12月に鳩山民主党政権が成立した折、朝日新聞は次のように書いている(12月10日付)。

鳩山民主党は、寄り合い所帯の弱さを持っている。ただ、吉田内閣が国民から飽きられ、未知な物は新鮮だという大衆心理が鳩山内閣をささえているに過ぎない。この内閣が掲げていることは、汚職を避ける、秘密独善を排す、対米依存から自主外交へ、であり、これらはいずれも「吉田政治が世論から批判を受けたことはやらない」というだけのことである。と。

【月刊WEDGE(車内無料配布版) 9月号 「デジャブ 立ちすくむ現代No.15 — 自民崩壊と民主迷走は必然的」 P.30 より引用】

念のため書いておくと、当時与党であった自由党吉田内閣から、民主党鳩山内閣への政権交代時の記事であり、当時の状況が現在とほぼ同じだったことがわかる。 ちなみに、このあと自由党と民主党は合併し、自由民主党となり現在まで続く訳だ。

この結末は例の「福田総裁および小沢代表による大連立構想(肩書きはいずれも当時)」を彷彿とさせ、結局歴史は繰り返しているのではないかとの思いを強くさせる、が、それは今回の主論ではないので、ここでは指摘しておくだけにとどめる。

この日記の筆者松城慧は、現在もかろうじて民主党支持者ではあるけれども、民主党のすべての政策に賛同している訳ではなく、かつ、これからも支持者でいることを心に決めている訳でもない。

「しかし」なのか「だから」なのかは置いておいて、この衆議院選挙での圧倒的な獲得議席数の差に不安を感じる。かろうじて民主党が2/3を単独で閉めなかったのが救いとも思うのである。

筆者個人としては、いみじくも鳩山代表が記者会見で述べたように「自民党の議席は改選前の民主党の議席とほぼ同じ数」であり、そこからの政権奪取は十分可能だと考える。

今、真の民主主義の行方は新政府、新与党である民主党ではなく、自民党が握っていると言っても過言ではない。

自民党が与党ないしは第一党であることを前提とした党内システムを「改革」し、民主党も含めた今までの野党がなしえなかった「反対のための反対からの脱却」をし、真に「政権交代可能なセカンドオピニオンとしての野党」として再出発できれば、そのときこそが日本の民主主義の完成の日ではないかと思うのだ。

だから、自民党には最大で4年、参院での敗退で民意を問わないことを批判していた民主党が額面通り行動するとすればもっと短い間に、政権交代のチャンスはやってくる。それまでに党勢を立て直し、民意を代表する、本当に政策中心の政治を行う準備を行わなければ、「民主党という名の『与党』による一党支配」という歴史が繰り返してしまうのではないかと危惧する訳だ。

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